コンビニエンスストア

 

これはコンビニエンスストアに行きつくまでの、ほんの10分ほどの物語である。小腹が空いた私は玄関でクロックスを履き、玄関を開けて外へでた。遠くには新宿のネオンが光っており、夏の気配を含んだ夜の風が「クロックスって、パンの名前みてえだな。おい」と話してかけてきて、「いや、おめえそれは、クロックムッシュだろ」と外灯が私の代わりに答える。

そんな深夜の海に続く浅瀬の暗闇の世界を、私は歩き始めた。

保育園を通り過ぎたあたりだろうか、斜め上から声がして顔をあげた。

「止まれ!」と止まれが言っていた。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190524224019j:plain

 

止まれはいつもよりも上機嫌のようで、漢字の横棒が普段よりも右上がりだ。

「どうしたんだい?」と私が訊くと「今度、暇な時に『華めく洋食器』を見に松涛美術館にいこう」と、止まれが言った。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190524224221j:plain

 

おもしろそうだ。興味をそそられた私は「いいだろう。6月の15、16日のどちらかなら可能だが」と答えた。すると「ダメだ。その日は出張で新幹線に乗り、飛騨高山でこうして歩行者を止める仕事をするんだ」と止めるは言った。「仕方ない。じゃあ、また予定を見てみるよ」と言い残して、私はコンビニエンスストアへ急いだ。

センターラインがまっすぐと伸びている道を、右車線に渡ったときだった。

私はふと気が付いたのだ。

「お、昨日よりも渡りづらいぞ」。

下に目をやると、最寄りの横断歩道が寝転んでいた。

「お前、昨日よりも渡りにくいな」

私は最寄りの横断歩道に声をかけた

 

f:id:ma2ma2m10589:20190524224948j:plain

 

「ああ、そうさ。奇数になっちまってね」

と眠たそうに横断歩道は言った。

確かに数えると7本である。

私は大声を張り上げた。

 「7本じゃないか!昨日までは8本だったのに!」

ママチャリに乗ったピンクのTシャツのおばさんに冷たい視線を投げかけられた私に、横断歩道は答えた。

「犬が1本持っていっちまってね」

「どこの犬だい?」

「近くの『シャンポール 田口』の壁で飼われている犬さ」

横断歩道は答えた。

 

私は『シャンポール 田口』を目指した。最寄りの横断歩道が奇数だなんて渡りづらくて仕方がない。横断歩道は偶数であるべきだ。だって足は2本なのだ。割り切れた方が渡りやすい。

犬から白い横棒を取り返すのだ。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190524230242j:plain

 

溢れ出るマグマのような感情を押し殺して『シャンポール 田口』に到着すると、『シャンポール田口』の壁の犬はのんきに花の匂いを嗅いでいた。

私は怒鳴った。

「おい!おまえのせいで、私の最寄りの横断歩道が奇数だ!」

「ワンワン」

「いやお前の気持ちも確かにわかる」

「ワンワンワンワン」

「ああ、そうだ阿久悠の本名は、確かに『深田公之』だ」

私が答えると、

犬は再び「ワンワン」と鳴いた。

足音が近づいてきた。

隣を見ると、そこには生粋の喫煙者が佇んでいた。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190524230833j:plain

 

「俺は生粋の喫煙者だ」と彼は言った。「確かにそのようだな」と私が答えると「このタバコはだいたい16時間ももつんだぜ」と生粋の喫煙者は、ニカっと笑った。電子タバコが普及している現代において、身長の3分の2もあるタバコをくゆらせるなんて、大した男だ。彼は歌舞伎町の方に颯爽と歩いていき、濃紺の夜空にはのろしのように彼の心意気が立ち上っていった。

クリーニング屋のシャッターが、寝息を立てながら閉まっていく。もうそんな時間だ。

私は前を振り向き、『7』と書かれたネオン看板に向かって歩を進めた。ここからは、ゆっくりと歩かなければならない。なぜならとても転びやすいのだ。このあたりで転ぶ人がやたら多い理由はひとつ、そう、ここの横断歩道は奇数なのである。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190524231632j:plain

 

私は慎重に歩き、そして、

歩ききった。

スピーディーかつスムーズかつ軽やかに。

私は驚きのあまり振り返った。

「なんで!なんで、あんなに渡りにくかった奇数の横断歩道を、なぜ私は、なぜ私は、こんなにも軽やかに渡れたのだ!教えてくれ!行政!ヘイッ!行政!カモンッ!」

興奮気味にアスファルトに向かって叫ぶ私の横を、子供の目を手でふさいだお母さんが足早に歩き去っていった。

セブンイレブンの扉が開いて、ゴミ袋を持った足立さんが姿を現したのは、ちょうどその時だった。

そして、天に向かい「行政!行政!」と連呼する私にこう言った。

 

「まつもとさん。ここの横断歩道は昨日から偶数になったんですよ。生粋の喫煙者に連れられた『シャンポール田口』の壁の犬が、白い横線をくわえてきてそこに置いたんです。そんなことより明日『華めく洋食器』を見に、一緒に松涛美術館行きませんか?

 

足立さんは確かにそう言った。

こうして私のメルヘンな日常は続いていくのだ。

脚本とハイボール

社会人になると同時に、僕は脚本の勉強を始めた。2015年のことだ。新入社員として働きながら、週1回スクールに通いシナリオを書いていた。授業では毎週課題が出され、翌週までにそれについての10分ほどのショートストーリーを作り、他の生徒の前で朗読する。クラスは15人ほどだった気がする。

 

初めて人前で発表した脚本は、今でもはっきり覚えている。課題は、ハンカチを小道具に使うこと。僕が書いた作品のタイトルは『ハンカチ運動』だった。日頃使っているハンカチを交換し合うという運動がなぜかブームになり、週末になると多くの若者が繁華街に集結しハンカチを交換するのである。運動は日に日に大きくなり、最後には渋谷のスクランブル交差点で警察と若者がぶつかり、大量のハンカチが宙を舞って終わる。

 

発表前、僕はめちゃくちゃ緊張していた。なぜなら他の生徒の作品は、母親が病気になり長年疎遠になっていた息子が帰ってきて、「おふくろ…」と嗚咽ながらにベッドにかじりつき、息子の頬を流れた涙を母親が優しくハンカチでぬぐったりしているのだ。そんな感動作の後で『ハンカチ運動』である。

 

「ハンカチ運動とは、ハンカチを交換する運動のことです」

 

こんなセリフを読まなければならない。

恥ずかしい。

 

ところが、これが予想外にウケた。自分が書いたもので人が笑うのは、こんなにも嬉しいことなのか。それから僕は、毎週の課題が楽しくて楽しくて書き続けたのだ。

 

脚本というおもしろい遊びがあったから、しんどい仕事も頑張れた。新卒で入った会社は通信系の営業会社だった。毎日毎日ひたすら町を歩き、一日にインターフォンを200回以上押した。それでも応答があるのは10人くらいだ。名乗った瞬間に、もの凄い風が吹き抜けて目の前でドアが閉まることもあった。それも脚本のネタになった。しかし、頑張れたのはたったの半年だった。

 

「辞めます」と伝えた僕に、支店長は「弱すぎる」と言った。そして1週間考えるように言われた。
翌日、出勤すると班長から「営業前にロールプレイングをしようと」と声をかけられた。事務所には練習用に玄関の模型が2つあり、それを使って指導を受ける。班長はやけに熱心で楽しそうだった。後々聞いた話では、その時すでに僕が辞めたがっていることは広まっていたらしい。「辞めたいと聞いたから、たくさんやらしたんです」と笑っていたそうだ。
1週間後、支店長から「せめて1年間は続けた方がいい」と言われた。なぜかと聞くと「転職が有利になるからだ」と言う。僕は「辞めます」と伝えて、それから2週間ほど経ってから会社を辞めた。
最終日、終業後に送別会が開かれた。結局この日まで指導を辞めなかった班長は、餞別だと他の社員の前で僕に細長い箱を渡した。中にはウイスキーが入っていて、「高いんだこれ。高いんだよこれ」と何度も言った。閉店になりお店を出ると、僕は帰宅方向が班長一緒だった。並んでふらふらと歩き続けて、たしか下り坂だった気がする。ふと班長は口を開いた。
 
「俺はアクターになりたかったんだよ。アクター」
「そうなんですか」
「アクションができる」
「いいですね」
「いいだろう」
「いいと思います」
 
次の日ウイスキーを近所の飲み屋にあげた。
 
それから僕はフリーターをしながら脚本の勉強をして、2年ほど前初めてシナリオが舞台になった。とても小さな劇場だったけれど、あまりウケなかったけれども、僕にとっては大きな一歩だった。そして、その後もちょこちょこと舞台に関わることができている。劇場の笑い声は、少しだけ大きくなったように思う。
 
そして何よりも、
打ち上げで飲むハイボールが、美味いのだ。

告知 # 5

 

こんばんわ。

 

今日は告知が2つあります。

まず今日は誕生日でした。

27歳になりました。

そこでブログの雰囲気も変えていきたいと思っております。

社会問題とかを取り扱ったり、

いや、無理か。無理だな。

 

はい。

 

ということで告知です。

20分ほどの舞台の短編を書きました。

こちらです ↓

 

f:id:ma2ma2m10589:20190519233315p:plain


f:id:ma2ma2m10589:20190519232442p:plain

 

日程:6/22(土)14:00~18:00
場所:高田馬場音部屋スクエア
2500円(おきあがりこぼし人形ストラップ付き)

 

「おきあがりこぼし芸術祭」というイベントです。

福島、熊本、宮城県、北海道復興応援プロジェクトとしてライブ、ダンス、演劇、学生映画上映会などいろいろなアーティストの方達が発表しています。2ヶ月に1度開催しているそうです。

 

今回も劇団が数組でるみたいです。他にもアーティストや占い師さん、などなど。

ご興味ある方は、ご連絡いただけますと幸いです。

 

ちなみにタイトルは「苺フラペチーノ殺人事件」です。

内容としては、もう、そのままです。

「苺フラペチーノ」がギャーって感じで、うわーってなって、それを取り巻く人々の

葛藤、悔恨、愛情、自責の念、日清UFO、鉄欠乏性貧血、ベーキングパウダーなどの欲望がうずまく模様を40年間の時空を超えてお届けする、超スペクタクル歴史大作となっております。

はい。

だいたい嘘です。

 

でも、笑えるので。

 

ぜひ、足を運んでいただけますと嬉しいです。

何卒宜しくお願い致します。

を論

 

こんばんわ。

 

最近、待ち受け画像を変えました。

いや、だからなんやねんという話ですが、

ちなみにこれが今の待ち受けです。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190513223756p:plain

 

そうです。『を』です。

 

この前ふと電車に乗っていたときに、

「一番好きな平仮名は何かなー」と考えまして、その結果が『を』だったので、こうして毎日毎日、『を』を見る生活にしてみたわけです。

『を』を待ち受けにしてから、僕の生活は一変しました。

 

目覚めはすこぶるよく、3キロの減量に成功し、

心なしかお肌も水をよくはじくようになりました。

 

さて『を』は、なぜこんなにも魅力的なのか?

まず50音で漢字に変換できないのは『を』と『ん』だけです。『ぬ』とかも一文字で単語を作れないけれど『縫う』とか『脱ぐ』とかで一応、漢字にはなります。この漢字になれないところに『混じりっけのない平仮名精神』を感じます。

僕はひらがなが大好きですから、この平仮名として一生を全うする姿勢、一途な心意気にグッとくるわけです。『を』と『ん』はきっと、客がまばらなバーの隅でこんな会話をしていることでしょう。

 

「ひらがなに生まれちまった…ただ、それだけのことさ」

 

はい。

 

ちなみに、なぜ僕がひらがなが好きかというと意味を持っていないからです。

たとえば『あ』には意味がありませんが、『亜』とか『阿』には意味があります。それなら『ア』もそうではないかと言われると、おっしゃる通りなんだけども、カタカナはなんか見た目が好きではありません。

 

つまり何が言いたいかというと、平仮名はただの音なところがいい。

風の音とか雨の音と一緒です。日本人の音がひらがなです。

 

話は戻って、先ほど言ったようにキングオブ平仮名は『を』と『ん』です。

ただ、『ん』にはそれほど魅力を感じないわけです。なぜかというと、単語を作ることができるからです。

『みかん』とか『やかん』とか、『ん』がなかったら存在できません。だから、『ん』は物を存在させる一部を担うという意味を持っています。

つまり、『ん』はちゃんと働いています。人間でいえば、社会人で正社員です。月収で20万そこそこはもらっています。

それに比べて『を』です。『を』がつく単語ってあるのか。サクッと調べたところ、昔はあったみたいですが日常にはないでしょう。単語を作らないってことは、話し言葉に必要ないってことです。今日一日を振り返って、『を』という発音を発したか考えてみたら、ねえ、ないでしょう。

 

「お母さん、あれをとって」なんて言わないでしょう。

「お母さん、あれとって」でしょう。

 

ということは、書き言葉にしか必要ない。

でも、なんか、

なくても通じそうじゃないですか。

 

「角を右に曲がってください」と「角右に曲がってください」は一緒じゃねえか。理解できるし。だから『を』は、あってもなくてもいい。つまり大して働いていない。人間でいえば、たまに日雇いバイトするヒモみたいなやつです。

 

ヒモは、居ても居いなくてもどっちでもいい。

でも居ないとなんか寂しい。

だから、ちょっとだけ置いておこう。

そんなやつがヒモです。

じゃあ、なんでヒモがいないと寂しいのだろうか。

ここからは僕の勝手なイメージです。

ヒモしてるやつには何だか色気があります。セクシーでしょう。ヒモって。はかなくて、繊細で、もろくてどうしようもない感じがいいでしょう。たぶんヒモは日常に色気を足しているから、「居てもいいよ」って言われているんだと思います。

 

ってことは、

文章に色気を足しているのが『を』です。

 

結論、『を』はエロい。

 

間違いない。

 

ひらがなの中で圧倒的にエロいのが『を』ってことです。

つまりこういうことです。

 

平仮名でギュウギュウ詰めの電車で、真っ先に痴漢されるのは『を』です。あの下部の滑らかな曲線を、書き順に沿って触られて、もだえる姿が目に浮かびます。

 

はい。

もし今日のブログをリツイートしてくれる人がいたら、この太字をコピペして引用してください。

 

長々と書きましたが、

『を』はエロくてセクシー。だから好き。

そういうことです。

 

おやすみなさい。

令和

 

10連休が終わりました。

僕がこの連休でもっとも印象に残っているのが、

このひと言です。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190508011232j:plain

 

「お兄さん、生乳首ありますよ」

 

新宿のキラキラした通りを歩いているとき、

スーツ姿の人がするすると近づいてきて、

そういったのだ。

 

生乳首。

 

生乳首である。

 

なんだそれは。

 

足を止めた僕に、その男性はもう一度言った。

 

「お兄さん、生乳首ありますよ」

 

生乳首。

 

生乳首である。

 

問題だ。

 

生乳首ってなんだ。

 

令和なんかより生乳首だ。

いや

令和だからこその生乳首か。

 

そもそも生ってなんだ?

生である。

考えてみた。

 

生ビール

生クリーム

生放送

など、

もろもろあるけれど、一番考えやすかったのが生魚である。

 

 

生魚の代表は刺し身だろう。

じゃあ刺し身って何かというと、つまり焼いたり炙ったりせずに提供している料理である。

 

つまり、

 

素材になるべく手を加えずに提供すること=生

 

と言っていいのではないだろうか。

そう考えると、生放送は編集という手を加えていないことになる。

こう考えて話を続ける。

 

さて、生乳首は

なるべく手を加えずに提供される乳首である。

 

どういうことか?

おそらくこうだ。

僕がそのお店に行って部屋に通されて、

女の子を待っているとして、

女の子はなるべく手を加えられないのだから

つまり

コンコンガチャッですでに全裸、

である。

 

 

ああ

 

ないでしょう。

ほら、情緒。

情緒をまとって欲しいのだ。つまり、あれだ、ほら、なんというか、薄暗いなかで無駄にたくさんついているYシャツのボタンを一つずつ外していったり、首でひっかかってなーってなるワンピースのなーをはにゃはにゃしたりとか、そんでやっと脱げたぞって思ったらインナーを着ていて、それで寒いね部屋って言ったりしたあとに、エンジ色のブラジャーの後ろに手をまわして可愛らしいリボンをするするするーってして、ああ、やっとだやっとだやっとだって思っていたら「それデザインのリボン」って言われて「デザインのリボン!」つって、、ホック横って言われて、外してホックをホックを、そんで寒いね部屋って言ったりして、そんでそうやってそんなことをしつつしたりしたい。

 

それなのに、

それなのに、

生乳首か!

 

ええ?

お前はネオンがきらめく新宿の路上で

生乳首をオススメするのか!

そんなもん平成だ。

平成において来い。

俺は焼いたり炙ったりしてほしいんだ!

いやそれよりもあれだ、

いっそのこと蒸してほしい。

 

うん、

蒸し乳首がいいな。

 

蒸し乳首。

 

「お兄さん、蒸し乳首ありますよ」

 

令和は、

こんな時代に

していこう。

告知#4

 

こんばんわ。

 

今日は頑張ってブログを書きます。

 

がんばるぞー

ということで近況をご報告いたします。

 

今年に入って脚本のお話しを2つもらいました。

嬉しい限りです。

ひとつはだいたい出来ているので、近々きちんと発表できると思います。

もうひとつは、先週くらいにもらったので頑張って書かないとです。

 

さて本を書くために最近は隙間時間に、

ぼーっといろいろ考えています。

そして思ったのが、余白のあるセリフを書きたいなーです。

 

どういうことか、

例えば

 

舞台に仕事机1つとイスが2つあって、

スーツ姿の女性が座っていたとします。

そこにスーツの男性が入ってきます。

 

男「香織さん、あの、」

女「ん?」

男「空いてないですか、お腹」

女「、わたし?」

男「、行こうと思って、ほらタイ料理、最近できた

女「、でも」

男「いや、すごい美味しいらしいんです、その、田島さんがこの前行ったとかって、そのグリーンカレー食べて、あと、パクチーが豆腐にかかっているやつ知ってます?あ、ダメですか?豆腐のパクチーの、あと、その麺、め-」

女「でも、」

男「はい」

女「、、、降るよ、、雨、、。

 

女、退出。

見送る男。

 

こんな感じがいい。

何が良いのか説明するのは難しいのだけれど、この会話から分かることは、女はすんなり行きたくないということです。

何故か?

それがわかりません。

その分からなさ、こっちに考えさせる感じが、なんか好きなわけです。

もしこの舞台が続くとしたら、僕はきっと「何で女の人は距離をとりたがっているのだろうか」と、考えながら見ることになると思います。

 

日常でもわりとこんな感じではないでしょうか。

例えば友達が先輩から飲みに誘われてて、

「いやーでも今日はちょっと、へへッ」

っていう感じで適当にかわしているのを見ると、ああこの人のことが苦手なわけだなーと分かって、次回から「何が苦手なのか」と気を付けてみるようになります。それが案外おもしろかったりするわけです。

 

そんなこんなで、

僕は何気ない会話がきっと好きなんです。

そして、些細なのにグッとくるようなセリフが書けたらいいですねー。

 

「ホッチキス空ですね」

とか

「ちょっとまな板とって」

とか

「今日月曜かあ」

とか、

話のなかで、こういうひと言が妙に力を持ってくるような、そんな感じが素敵だと思います。終始こんな会話なのに、唐突に「好き」とか入ってくると、なんだかとてもリアルです。それがまた良いでしょう。

 

ということで、

今日は真面目な内容になりました。

 

たまには良いよねー。

 

はい。

今日は頑張ったので、これからお酒を飲みます。

 

おやすみなさい。

 

f:id:ma2ma2m10589:20190416232514j:plain

更新

 

こんわんば。

 

久しぶりのブログなので、緊張していまして書き出しから誤字っております。

 

さて、久しぶりです。

 

もう余白がない日々を過ごしております。

 

本当に。

 

3月17日から止まっていたようです。

 

約1か月ですが、振り返ってみてもいまいち覚えておりません。

 

何をしただろうか。

 

覚えていない。覚えていないけれど、覚えていないなりに書かないと更新できないのです。だから僕は考えてみて、その結果、ある解決方法を見つけまして、これが、まー、「そんなまさか」な方法でして、いまこうして思い出せなくて困っている現状を打破してしまう、こんな凄い解決方法があったのか!、とマジでそう思ったくらいに画期的な解決法で、それは何かというと、『思い出す』という方法でして。つまり、覚えていないからブログを更新できないのだから、思い出せば良いじゃないか、と。「ははーん。なるほど、そんな手があったのか。やるじゃん松本」という読者の声が聞こえるくらいに、ナイスな解決策で、その結果こうしてブログは確実に更新に向けて進んでいるわけで、じゃあ、いまから、僕は思い出すという術を使ってこのブログを見事に更新してみせるから、そう、あなたのために、更新してみせるから!その様子を現地から生中継状態的な、そんな現状なわけで、つまりこれはあれだライブだ。あ、間違えたライヴか。ということで、ここまで読んでいる読者のなかには、もしかしたら、こう思っている方もいるかもしれません。「話が一歩も進んでない」と。大変だ。そう思った瞬間に、読み手は離れていくのである。スマホにはブログなんかよりも、もっと面白いコンテンツがたくさんあるのだ。そっちにサラサラ流れていく様子が鮮明に目に浮かぶ。大変だ。ああ、どうしよう、とりあえずもう一度言っておこう。「大変だ」。ということで、おぼろげな1ヵ月の記憶をたどってみようと思います。たどるためには当たりまえですが、そのなんというか、脳みそを使わないといけません。脳みその割れ目に潜って、ここ1ヵ月のネタをゲットしてこないといけないわけです。ということで、僕はいまこうして脳みそを闊歩してやっと割れ目の淵までたどりついて、つまりここまでの文章は『割れ目にたどり着くまでのひとり言』なわけで、そして底の見えない深い深い海溝をのぞき込んだ結果、やっと思い出したことがありまして、それが「そういえば、僕は泳げない」ということです。どうしよう。『潜らないと思い出せないのに、泳げないではないか』。このままではブログが更新できない。一文字も書けずに、ラップトップコンピューターの電源を切ることになる。だからといって、そんな簡単に泳げるようになるわけもなく、じゃあ思い切って飛びこんでみればいいだろうのか。でもそんなことしたら、あの本当に泳げないので、マジで死ぬのだ。嫌だ。まつもとしゅんさく享年26。ブログ執筆中に溺死。親が泣くだろう。困ったなあ。とりあえず、だからこうして脳みその割れ目の淵に座って、足でぴしゃぴしゃして、ゆらめく水面を眺めちゃったりしながら「あーなんとかなんないかなー」ってつぶやいているのだけれど、一向に解決に向かう気配はなく、だからもうあれだな。「もういいや」って思ってきている。ブログなんて更新しなくてもいいじゃないか。めんどくさいし。泳げないし。誰にも迷惑かけないわけだし。ブログの更新なんてやめだ。やってられるか。何が更新だ。マジで。晩御飯も食べずに俺は何をやっているのだ。もう今日は諦めよう。やめだやめだこんなもん。そんなもう更新なんてさー、そんな更新なんて、そんな更新なんて…そんなん、出来るわけ、ないさ…。